東京地方裁判所 昭和43年(ワ)13995号 判決 1969年10月29日
原告
上原勢津子
代理人
坂根徳博
被告
日産火災海上保険株式会社
代理人
米津稜威雄
同
田井純
同
岡部真純
主文
被告は原告に対し金二〇万円およびこれに対する昭和四四年八月一四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は全部原告の負担とする。
第一 当事者双方の求める裁判
(原告)
「被告は原告に対し五八万円およびうち五〇万円に対する昭和四四年八月一四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。」との判決ならびに仮執行の宣言。
(被告)
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二 請求の原因
一、(自賠責保険契約の成立)
被告は、海外パシフィック産業株式会社(以下訴外会社という。)との間で、自家用普通貨物自動車(品川四ほ四九八〇号、以下事故車という。)につき、訴外会社を被保険者とし、後記自動車事故発生の日である昭和四二年五月二七日を含む期間を保険期間とする、証明書番号〇一―三四五四九七号の自賠責保険契約を結んだ。
二、(保険事故の発生)
(一) 昭和四二年五月二七日午後七時八分ごろ東京都新宿区淀橋六六五番地先路上において、訴外塩谷明運転の事故車と原告とが接触し、これにより原告が頭部陥没骨折、脳挫傷の傷害を負つた。
(二) 訴外会社は、事故車を所有し、自己のために運行の用に供していたのであるから、自賠法三条により、右自動車事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(三) 原告の右傷害は、昭和四三年五月一一日治癒し、後遺障害として、投薬を継続する限りにおいては数か月に一回程度にもしくは完全に発作を抑制しうる外傷性てんかんの後遺障害を残した。
三、(障害等級等)
原告の後遺障害は、昭和四二年政令第二〇三号および昭和四三年政令第一二号による自賠法施行令別表(以下現行施行令別表という。)でいえば、障害等級九級一三・一四号の「服することができる労務が相当な程度に制限される」精神・神経障害に該当する。原告は、昭和四三年六月以来被告に保険金の支払を請求してきたが、右の点は双方に争いがなかつた。問題は、本件事故に適用されるところの昭和四一年政令第二〇三号による自賠法施行令別表(以下旧施行令別表という。)に、現行施行令別表の障害等級九級一三・一四号に相当するものが列挙されていないことにあつた。被告は、原告の後遺障害が旧施行令別表の障害等級六級三号「神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当しない以上、下位の等級である一〇級一二号「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当するものと取扱うほかないというのであるが、右見解は、右別表の備考六「各等級の後遺障害に該当しない後遺障害であつて、各等級の後遺障害に相当するものは、当該等級の後遺障害とする。」旨の規定の解釈適用を誤つている。精神・神経障害は抽象的な基準によって等級の格付けがなされており、これは、結局のところ、「労働能力喪失何パーセントの障害程度に属する精神・神経障害」ということのいいかえにすぎないのであるから、ここでは、障害程度が労働能力にどの程度影響を及ぼすかの判断が問題であつて、これが決まれば、該当等級は必然的に決定された当該等級が別表に列挙されているかどうかは問題ではない。等級の列挙は限定列挙ではない。そうでないとすると、列挙された等級の目が荒すぎるため自賠法が最大の目的にしている被害者の正当な利益保護に欠け、かつ、障害の程度に応じて保険金を支払うという等級表の立法目的にも反することになるからである。かくして、精神・神経障害にあつては、右備考六の規定により、障害の程度に相応する相当等級を決定すべきところ、原告の後遺障害は、「服することができる労務が相当な程度に制限される」程度のものであるから、旧施行令別表上、現行施行令別表九級に相当する七級に該当するというべきである。右等級の保険金額は五〇万円であるが、原告は、右後遺障害により五〇万円を超える損害を受けた。
よつて、被告は、自賠法一六条一項により、原告に右保険金を支払う義務がある。
四、(弁護士費用)
以上により、原告は、被告に対し五〇万円を請求しうるものであるところ、被告がその任意の弁済に応じないので弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、東京弁護士会所定の報酬範囲内で、成功報酬として八万円を第一審判決言渡日に支払うことを約した。本件は、保険金請求訴訟であるが、実質上加害者に対する損害賠償請求訴訟とかわりがないのであるし、債権請求における権利実現のための費用として弁護士費用を債務者に支払わしめることは国民の法感情によっても支持されるところであるから、被害者たる原告の本件弁護士費用は被告において負担すべきである。
五、(結論)
よつて、被告に対し、原告は五八万円およびうち五〇万円に対する口頭弁論終結の日の翌日である昭和四四年八月一四日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 請求の原因に対する答弁
第一ないし第二項は認める。
第三項中原告の後遺障害が旧施行令別表の障害等級七級に該当する点は否認する。精神・神経障害にあつては、障害が労働能力に及ぼす影響の度合に応じて等級の格付けがなされており、この場合、上位等級に達しないものは下位等級に該当するものとして取扱わなければならず、中間等級の障害の存在を認めることは許されないものであるから、原告の後遺障害が旧施行令別表の上位等級たる六級三号に達しない以上その下位等級たる一〇級一二号に該当するとせざるを得ない。なお、自動車保険料率算定会より自動車損害賠償保険長名をもつて右と同趣旨の通達(昭四二・一・一八自賠四一―三九一三号「神経障害第一〇級、第一二級の認定について」)が出されている。
第四項についていえば、被告は、本件請求の前提となつた自動車事故に関しなんら不法行為責任を負うものではないから、原告の弁護士費用を賠償すべき理由はない。それに、被告が原告請求の保険金額の支払を拒んだことについては十分な理由があるのであるから(被告主張の保険金額二〇万円については当初から支払義務を認めていた。)、右支払拒否によって不法行為が成立するものでもない。
第四 証拠関係<省略>
理由
一請求原因第一ないし第二項記載の事実は当事者間に争いがない。
二進んで、原告の後遺障害の等級付けに関する争点の判断に入ることとする。
(1) まず、自賠法施行令別表中、精神・神経障害に関して、新旧の規定内容の変遷を概観すると、旧施行令別表では、一級五号(精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの)、一級七号(半身不随となつたもの)、五級三号(精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)、六級三号(神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)、六級三号(神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)、一〇級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)、一二級九号局部に神経症状を残すもの)の各級号であつたものが、現施行令別表では、一級三号(精神に著しい障害を残し常に介護を要するもの)、一級五号(旧一級七号に同じ)、三級三号(旧一級五号に同じ)七級三号(旧五級三号)、七級四号(旧六級三号に同じ)、九級一三号(精神に障害を残し服することのできる労務が相当程度に制限されるもの)、九級一四号(神経系統の機能に障害を残し服することのできる労務が相当程度に制限されるもの)一二級一二号(旧一〇級一二号に同じ)、一四級九号(旧一二級九号)の各級号になつたのであり、しかも、右のうち、九級一三・一四号は昭和四三年政令一二号により新設されたものである。七級障害「軽易な労務以外の労務に服することができないもの」と一二級障害「局部に頑固な神経症状を残すもの」との中間の障害等級としての「服することのできる労務が相当程度に制限されるもの」は、労災補償保険法関係での障害等級としては以前から存したのであるが、自賠法関係では、右の新設までは、中間等級のないまま運用されていたのである。
(2) ところで、<証拠>(別件における蓮江医師の証人調書)および証人大野医師の供述によれば、原告の後遺障害は、精神神経障害の一つである外傷性てんかんであつて、その等級は、現行施行令別表でいえば、九級一三・一四号に該当し、七級三・四号の程度には達していないものと認められる。右供述によって成立の認められる甲第四号証には「自賠七級」との記載があるが、これは作成者である大野医師がまず労災補償保険の級別として九級を認定した上、旧施行令当時の自賠法関係の級別が労災関係のそれに比し二を減じたものが多かつたことの記憶から誤つて記載したものであつて、後遺障害の程度としては「服することができる労務が相当程度に制限されるもの」と見たのであつたことが同医師の証人としての供述によつて明らかであるから、右認定を妨げるものではなく、その他これに反する証拠はない。
(3) 本件自動車事故は昭和四二年五月二七日発生したのであるから、旧施行令別表の適用を受けることとなるのであるが、右のように中間等級の定めのない旧施行令別表の適用として、中間等級相当の障害に当るという認定をすることができるかどうか。これが本件における最大の争点であつて、原告はその主張の根拠として、旧施行令別表備考六の規定を援用するのである。しかし、この規定に関する原告の解釈は採用することができない。施行令別表は、これを各障害部位別に整理してみると、各部位ごとに障害の程度をいくつかの基準により格付けして序列化してあり、換言すれば、具体的個別的には限りなく細分しうる障害の程度をそのいずれかに包摂させる趣旨であることを明らかに看取しうるが、この場合、ある具体的な症状は、上位等級の基準に達することが認められない限り、一律に下位等級の基準に該当すると認められるしかないのであつて、もし、その中間におけるある等級に相当する旨の認定を許すのでは、格付けによる序列化をした意義の大半は没却されることとなる。例えば、現行施行令別表は、女子の外貌の醜状につき、それが「著しい醜状」であれば七級障害とし、そうでなければ一二級障害とし、この二階級の基準しか認めていないのであるが、現実にはこの醜状は種々の程度を伴うから、もしそれに即して等級を考えるとすれば、甲が七級障害なら、それより程度の重い乙は例えば五級に、それより多少程度の軽い丙は例えば八級に、というようにしなければならない。事実また、不法行為による損害賠償訴訟の審理としてならば、そのように現実の醜状の程度に即して損害の認定がなされるのである。しかし、それでは折角七級と一二級という二階級が定められてある意味がなくなる。訴訟と異な り、自賠責保険制度運用の場においては年間数万件にも及ぶ後遺障害等級の査定事務が実施されるのであり、この際右のような具体的等級認定を要求することは、事務の繁雑による処理の遅延を招き不服も起り易く、結局は多数被害者の迅速な救済を第一義とする制度の本旨に反する結果ともなる。そこで細部の不公平には目をつぶつて、例えば先の甲・乙は同じく七級に、丙は七級より少し下る程度であつても敢て一二級に、と法定の二階級に認定し分けるようにしたのが施行令別表なのである。そして、このように解しても、別表備考六の文言を無用とすることにはならない。けだし、障害部位において別表から全然洩れたものが考えられないではないし(例えば味覚喪失、また、障害の程度を規定するのに、精神・神経障害や醜状障害におけるような抽象的表現のみを用いず、ある程度具体的な規定に頼つているものにおいては、分類上の隙を生じており(例えば、上肢の障害においては、「一上肢の三大関節中の二関節「同じく一関節」という具体的分類基準と用を廃したもの」「著るしい障害を残すもの」「障害を残すもの」という抽象的分類基準とが複合されて下級基準が設定されているため、「一関節」については右後者の三つの分類目が揃つているが、「二関節」については「用を廃したもの」だけが規定されて、他の二場合は欠落している。)、これらの場合においては、備考六による相当等級の認定を必要とするからである。
(4) 先に見たように、精神・神経障害の級別は、九級障害の新設を見るまでは、七級(旧六級)障害と一二級(旧一〇級)障害との間が余りにも開き過ぎていて、労災保険制度との比較からすれば、ほとんど「法の不備」ともいうべきものがあつたのであるし、また、証人大野医師の供述から認められるように、そもそも外傷性てんかんの後遺障害としての級別自体、薬の服用を前提として発作回数を数える点において他の後遺障害の級別判定には見られぬ特殊性があるのであるから、原告が一二級(旧一〇級)障害という認定に不服をもつのも一理ないわけではない。しかし、別表における障害級別の性格が前段に判示したようなものである以上、七級(旧六級)に達していない原告の後遺障害が一二級(旧一〇級)と認定されるのはやむを得ないところと言わなければならない。原告は現行九級相当の後遺障害を有しながら一二級(旧一〇級)相当の補償しか受けぬことになるが、これは先に見たとおり程度問題であつて自賠責保険制度はこの間の不公平よりもむしろ処理の迅速を選んだものと解すべきであり、また、原告だけを特別扱いにすることはかえつて、九級障害新設以前同様の取扱いを受けた多数の被害者との公平を欠くことにもなろう。そして、そもそも自賠責保険制度は交通事故被害者の最低補償を目的とするものであつて、これによつて全損害を填補する使命を有するわけではないことも考え合わすべきである。原告は、先の不公平を回復するためには民事訴訟を提起することを得るのであり、事実これを提起してもいるのである(別件、当庁昭和四三年(ワ)第一〇六〇五号)。
(5) 以上説明したとおりであつて、被告が自賠責保険金支払いの前提として原告の後遺障害を旧施行令別表一〇級一二号と認定したことは正当というべきである。そして、右等級に対応する保険金額は二〇万円であるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、その後遺障害により右金額を超える損害を受けたものと認められ、これに反する証拠はない。従つて、自賠法一六条一項による原告の請求は、二〇万円の限度でこれを肯認すべきである。
三次に、弁護士費用の請求について判断する。弁護士費用の請求が、不法行為損害賠償における相当因果関係の範囲内の損害としてなされるにせよ、債権請求における権利実現の費用としてなされるにせよ、いずれにしても、それがある本来の請求に併合して提起されている場合、その本来の請求が敗訴に終つたとすれば、弁護士費用の請求も、訴訟費用負担に関する民事訴訟法の諸条文を類推して、これを排斥すべきものと解するのが相当である。そして、本件の争いは、被告の支払うべき保険金額が、後遺障害の等級付けに応じ、五〇万円であるか二〇万円であるかに存したのであつて、二〇万円の限度については当初から争いはなかつたというべきであるが、前示のように原告の主張は理由なく、被告の主張が肯認されたのであるから、判決主文の上では一部勝訴の観を呈するとはいえ、右の弁護士費用の当否判定の前提としては、全部敗訴の場合と同視して然るべきものである。従つて、その余の点につき判断するまでもなく、弁護士費用の請求はこれを棄却することとする。
四よつて被告は原告に対し二〇万円およびこれに対する弁済期ののちである昭和四四年八月一四日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、右限度で原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、ただし、訴訟費用の負担については、前節に判示した事情を参酌して民事訴訟法九二条但書を適用することとし、仮執行の宣言は付さぬこととして、主文のとおり判決する。(倉田卓次 並木茂 小長光馨)